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判例時報2135号を読んで

最高裁平成23年7月15日判決を取り上げます。
上記判決は、「賃貸借契約書に一義的かつ具体的に記載された更新料条項は、更新料の額が賃料の額、賃貸借契約が更新される期間等に照らし高額に過ぎるなどの特段の事情がない限り、消費者契約法10条にいう「民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するもの」には当たらない」旨判示し、更新料を賃料の2か月分(7万6000円)、更新期間を1年間とする更新料条項を有効としました。
付け加えますと、賃貸借契約書に更新料の定めがなければ、借主は更新料を支払う義務を負いません(最高裁昭和51年10月1日判決は「法定更新に際し、賃貸人の請求があれば当然に賃貸人に対する賃借人の更新料支払義務が生ずる旨の商慣習又は事実たる慣習は存在しない」旨を判示しました)。
賃貸借契約の際には契約の内容をきちんと確認しましょう。
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原子力損害賠償紛争解決センターの和解案に対する東京電力株式会社の回答に関する会長声明を読んで

埼玉弁護士会会長は、平成24年2月14日付、「原子力損害賠償紛争解決センターの和解案に対する東京電力株式会社の回答に関する会長声明」を公表しました。
この会長声明によれば、東京電力は、原子力損害賠償紛争解決センターの和解案をそのまま受け入れず、中間指針で目安として示された金額を超える慰謝料の増額及び仮払い補償金を本件和解時に清算しないとする点を拒絶し、さらにはセンターがあえて設定しなかった清算条項の明記を求める回答を行ったというものです。
東京電力の上記態度は、被害者軽視であると言わざるを得ず、会長もそのような意見でした。
東京電力には真摯な反省が求められると思います。

溝口敦著「暴力団」(新潮社)を読んで

至るところでなるほどと思うような記載がありました。
例えば、イタリアではマフィアが非合法化されている(マフィア対策統合法)とか、ヤクザの気質・性格(岩井弘融著「病理集団の構造」によれば、「ヤクザの気質の中軸は、第一に、何にもまして原始・粗放な「力」をその信条とする。人間に誰しも存するところの生物心理的要求としての力の追求は、この病的集団心性の扇の要であり、すべてはこの力を中心に布置されている。病的とは、この力の追求がきわめて原始的であり、単純な物理的暴力として表現されているからに他ならぬ。その過剰な力の追求欲は後述の自己顕示の特徴と随伴し、またその過剰性による神経過敏や、劣等感とその補償作用としての自己膨張や自己卑下を生んで来る。それはともあれ、この社会における地位も支配も、その最後の決定要素は暴力であり、その爆発的な行動が英雄視される。暴虎馮河の勇といわれる単純暴力そのものが、彼らの生命線である。これを抜きにして、ヤクザ気質はありえない。その最大の目的は、力によって他人を支配し、出来事を操作して、その社会での身分を獲得することにある」「彼らに接する場合、その殆どが刹那的、瞬間的な生活態度を有しているのに気付く。…過去は、思い出したくもない。さらに、未来といえば、今夜にも殺されるかもしれない。未来なんかは、どうでもいい。一年さきに百万円を約束されるよりは、いま一万円をもらったほうがよっぽどありがたい、というのがその基本的な考え方なのである。…現在ただいまの瞬間的な感覚で生活し、つぎの瞬間の生き方はサイコロの目の偶然に託するといった調子なのである」そうです)などです。
この本を参考にして、今後の弁護士活動に励みます。

三宅正太郎著「裁判の書」を読んで

印象に残った言葉です。
書の五「素朴」から。
裁判官は人の運命に重大密接な関係のある仕事を行うのであるから、いうべきことは敢然といい、為すべきことは敢然となすべきである。それを国家は裁判官に期待し義務づけている。もし裁判官が徒に保守の名に隠れて、義を見て為さざるならば、それは大きな職務の荒廃だと言うべきである。裁判官がまめまめしく自分から事件に働きかけて、溌剌と新しい境地を開拓するという気風を促進したいものである。

三宅正太郎著「裁判の書」を読んで

印象に残った言葉です。
書の五「愚直」から。
もし平生心がけて努めて多くの事物に接し、そのとりどりの知識経験を蓄えておき、その知識経験を動員して一生懸命記録にぶつかり、心を虚しくして事件に対したならば、縦し鈍重な頭脳であっても、余裕と努力とのお蔭で、慧敏な人を凌ぐほどの、良き知慧を考えつくと思う。

三宅正太郎著「裁判の書」を読んで

印象に残った言葉です。
書の四「掏摸」から。
あらかじめ記録について、被告人の切に訴えんとするところが奈辺にあるかを察知する。そして公判に臨んでは、被告人がそのことを口にしない前に、審理の間、判事の口からそれとなしにその事情を夙に承知していることを、被告人に知らしめるのである。被告人は概して従順であって、判事が承知していると思えばその洞察に感服し、その判事に信頼を置いて、重ねて自分からくどくそのことを陳弁しようとしないものである。そうしてその感服と信頼の度が強ければ、一切をその判事の処置にまかせる心になって、裁判がどうなろうと以後不満を残さないものである。要は、記録によって正確に被告人の心事を読みとる工夫と、それを被告人に諒承せしめる工夫に存すると思う。

三宅正太郎著「裁判の書」を読んで

印象に残った言葉です。
書の三「瞋恚」から。
裁判官として数多くの事件を取り扱っていると、世の中には「怒」に値する何ものも存在しないということをしみじみ感じるものである。「怒る」ということは対象に面して自分が先ず畜生に堕ちる感じだと考える。審理に当たっていて、もし心に怒りを生ずると、その途端電話がきれたように相手の心がこちらに通じなくなり、またこちらの気持ちが向こうに通じなくなる。かりに、一つの壜の中に心が入っているとすると、その壜に栓をしたようなもので、外からも心へ入れないし、心もまた外へ出られなくなる。かように対象物との間に気持ちの連絡が絶えれば、ほんとうの意義における審理は不能となるから、裁判官としては本気で怒るということは、どう考えても許されないことである。だから万一にも心頭に怒りを発したと感じるときは、手早く審理を打ち切るより外にないのである。

三宅正太郎著「裁判の書」を読んで

印象に残った言葉です。
書の三「卑怯」から。
英国の諺に「裁判官は弁解せず」という言葉が残っている。これをよいことにして、不十分な裁判をしても、弁解しないでいいと思っているのは最も卑怯な振る舞いである。この諺は裁判を批判から遠ざけることを意味するものではない。裁判が公開を原則としていることは他の如何なる国家の行為よりも批判に曝していることの明白な証拠である。その公開の法廷で、裁判官はすべてをさらけ出して裁判をすべきであるから、その外に補足し弁解すべき何ものも残らないというにすぎないのである。

米国、山口組に経済制裁

日本経済新聞(2012年2月24日夕刊)によれば、米国財務省は、山口組と篠田健市組長、高山清司若頭を経済制裁の対象にしたそうです。
この経済制裁は、オバマ大統領が国際的犯罪組織の撲滅を目的として昨年7月に署名した大統領令に基づくものであり、この経済制裁によって、山口組は米国の管轄下にある資産を凍結され米国民との取引が禁止されるそうです。
日本でもこれぐらいの経済制裁を暴力団にしてもらいたいものです。

公務員給与削減

日本経済新聞(平成24年2月23日夕刊)には、「公務員給与削減法案衆院通過へ」の記事が載っていました。この法案が施行されると、2012~13年度の国家公務員給与は10年度比で平均7.8パーセント下げられるそうです。

厳しい世の中ですね。

燕雀いずくんぞ

平成24年2月23日夕刊の「あすへの話題」が載っていました。
この記事の中で、
科学専門誌への掲載は批判無きところに進歩無しの原則に則って、レフェリーとの闘いになる。
「批判者の大半は、月並みの生半可な理解しかできない輩だ」、そして「燕雀いずくんぞ鴻鵠の志を知らんや」と呟けばよろしい。

翻って、普段の私自身の弁護士生活を振り返ると、具体的な根拠無き批判は多々あります。それに打ち勝つために日々精進するのみです。

パウンドの言葉

法律家であるパウンドは、「古代から現代に至るまでの法律家」という著作の中で「法の歴史とは、端的に言えば法律家の歴史に外ならない。即ち、法を動かす人間の歴史こそ法の歴史の最も基本的な因子だ」と言っているそうです。
私も法律家の端くれとしてパウンドの言葉をかみしめたいと思います。

日本経済新聞(平成24年2月17日朝刊)を読んで

社会面のベタ記事から。
「民間人保護へ担当者会議」「暴力団排除で警察庁」のタイトルの下「警察庁は16日、暴力団排除への報復で危険にさらされる民間人らの保護対策の担当者を全国の警察から集め、東京都内で会議を開いた。片桐裕長官は、危害を受ける可能性が大きい民間人らを保護する身辺警戒員(PO)の積極的な投入を指示。暴力団との関係を明らかにすることをためらう民間人らとも信頼関係を醸成し、保護対策や捜査に協力を得るよう求めた」の記載がありました。
私も埼玉弁護士会民事介入暴力対策委員会の一委員として暴力団排除に力を傾けたいと思います。

日本経済新聞(平成24年2月16日夕刊)を読んで

「あすへの話題」から。
「われわれ人間は、一体何のために生まれてきたのか?どうしたら有意義な一生を送ったの満足感は得られるか?大小・種類を問わず「価値」を創り世に積めば、その心境に入れると信ずる」(東京大学名誉教授和田氏)
この世に何かを残すために生まれてきたというのはそうだと思います。
私も価値を創造していきたいと思います。

弁護士会館ブックセンターに立ち寄って

本日、久し振りに弁護士会館ブックセンターに立ち寄りました。
本日購入した本は6冊です。
1冊目は安部光壱著「移りゆく法と裁判」(法律文化社)です。
「雑学」「弁護士倫理」「事実認定」「判例」の項目分けの下、面白そうな話(弁護士が弁護士を訴える、弁護士vs弁護士など)が載っていたので、買いました。
2冊目は近江幸治著「学術論文の作法」(成文堂)です。
将来学術論文を書きたいと思い、買いました。
3冊目は金子修著「一問一答家事事件手続法」(商事法務)です。
家事事件を何件も受任していますので、今後のために買いました。
4冊目は判例タイムズ1342号です。
特集「東京地裁破産再生部における近時の免責に関する判断の実情」に興味を持ち、買いました。
5冊目は法律のひろば平成24年2月号です。
特集「暴力団排除に向けた取組と課題」に興味を持ち、買いました。
6冊目は週刊東洋経済(2012年1月28日号)です。
特集「暴力団対策と企業」に興味を持ち、買いました。
今後も沢山の本を買い、知識を身につけて、少しでも良い智恵を身につけたいと思う日々です。

弁護士就職難か?

日弁連新聞457号によれば、2011年12月15日、新64期司法修習終了者のうち1423人が弁護士登録したものの、同日時点での未登録者数は400人と終了者全体の約2割を占め、1月登録を予定していた人以外は、その大半が就職未定者とみられているそうです。1か月半が経過した1月末日現在も、約200人が未登録であり、前年同時期の約1.5倍となっているそうです。
弁護士人口を増やしても受け皿がなければこのような事態になることは分かっていたはずです。
多大なる費用をかけて法科大学院を卒業し、司法試験に合格し、司法修習を終了したのに、就職口がないというのは世知辛い世の中ですね。この不利益はその人だけが負えばいいのでしょうか・・・

日本経済新聞(平成24年2月11日朝刊)を読んで

社会面から。
過払い金の返還を余儀なくされたのは旧大蔵省などの行政当局が適切な対応を怠ったためだとして、廃業した貸金業者「ユニワード」(盛岡市)が国に約2億7000万円の損害賠償を求めた訴訟の判決で、東京地裁(渡部勇次裁判長)は10日、請求を棄却したそうです。
渡部裁判長は、最高裁判決が出るまでは下級審で規定を有効とする判断が多数を占めていたとして、「制定時に無効と解釈すべきだったとはいえない」などの理由から貸金業者の請求を退けたそうです。
この判決は当然であると思います。
本当の被害者は、グレーゾーン金利をユニワードに払い続けて、払いすぎになったにもかかわらず、ユニワードが廃業したため、ユニワードから過払い金を回収できなかった人であると思います。

三宅正太郎著「裁判の書」を読んで

印象に残った言葉です。
書の三「僅かの心遣い」から。
「裁判官が事件の骨格ばかりを気にして、これに血も肉もつけないようでは裁判の味が出ない。その味を出すには僅かの心遣い、僅かの努力によって、常に基調となるべき色合を織り出していることである。骨格だけでの裁判は筋ばかりの芝居と同じで、被告人をして心からその裁判に服さしめることはできない。裁判官たる者は、裁判に常に潤いのあるように心遣いを致すべきである」
弁護士(弁護人)も裁判に潤いをもたらすための心遣いをしたいものです。

三宅正太郎著「裁判の書」を読んで

印象に残った言葉です。
書の二(読経)から。
死者に心を通わせることは、万物に心をかよわせることである。即ち死者に親しむことは、自分の心を広くして万物と契合する端をなすのである。由来、人心と万象とを調和せしめて、そこに政道の基礎を置くことが聖賢の道といわれている。易経に「先王以て至日に関を閉づ」という言葉がある。至日とは冬至のことで、一陽来復するけれど、陽気なお微弱であるために、処々の関所を閉じ人の往来を止め、世間を平静にして陽気の生長を養い助けるというのである。

三宅正太郎著「裁判の書」を読んで

印象に残った言葉です。
書の一(裁判における二つの面)から。
法を正しく行うことと、法を行うことによる行きすぎを是正することは、相反する方向のものであるが、しかし、国家の政治は常にこの両方面を適当に顧慮しつつ行うものなのだ。そのいずれに偏してもいけない。その時と場合に考え、この両刀を矛盾なく使いこなすことが望ましいのであって、その使いわけは裁判官の手腕器量に任せる外はないものなのである。

三ケ月章著「司法評論Ⅰ」を読んで

印象に残った言葉です。
「「司法制度改革審議会意見書」をめぐって」から。
「アメリカのバンダービルドという司法改革家が言った言葉ですけれども、「一国の司法制度の水準を決めるのは、法律家の平均レベルである。その平均レベル以上には絶対に一国の司法制度は良くならない。逆に言えば、一国の司法制度のレベルアップをしようとするならば、法律に従事するリーガル・プロフェッションというものの平均水準を上げるしか手はないんだ」ということをはっきりと書いているんですね」
日本の法律家の平均レベルを上げるために私自身も努力したいと思います。
なお、三ケ月章氏は日本においては質の問題はともかく量の問題を述べています(三ヶ月氏は弁護士増員論者です。)。

三ケ月章著「司法評論Ⅰ」を読んで

この本を読んで印象に残った言葉です。
「「司法制度改革審議会意見書」をめぐって」から。
「プロフェッションというのは、人の悩みというものを受け止めて、そしてそれを学問という体系的な知識でもってそれを癒していく。日常生活のごたごたを癒していくのが法律家である」
私もプロフェッションでありたいと思います。

三ケ月章著「司法評論Ⅰ」(有斐閣)を読んで

この本は三ケ月章氏の論説、対談が収録されたものです。
この本を読んで印象に残った言葉です。
「新民事訴訟法典の制定と研究者への期待」から。
「法は時代の流れに敏感に対応してゆくべきものであって、社会変革の流れが激しい時には法の頻繁な改正こそが必要であり、法の改革をただ嫌っているばかりであってはならぬものであるということが国民の常識となるように努力することが、法に携わる者の使命となると思われてならない。所詮どの様な古い法律制度にも、悪い面と並んで良い面がひそんでいるものであるし、どんな新しい法律制度にも、良い面の裏側に悪い面があるということは免れないのであって、それが法というもののもつ宿命でもある。法のこうした本質を直視すれば、過去の法制度のマイナスにくらべて、新しく構想する法制度のプラスの方が少しでも多い時は、過去への執着を克服して果敢に新しい法則の導入を意欲するのに臆病であってはなるまいというのが、半世紀に近い私の立法生活のひとつの総括なのである」
その通りであると思います。

裁判所時報(第1547号)を読んで

今号には、公立養護学校の教員が同校の記念式典において国歌斉唱の際に国旗に向かって起立して斉唱することを命ずる旨の校長の職務命令に従わなかったことを理由とする停職処分が裁量権の範囲を超えるものとして違法とされた事例(最高裁判所平成24年1月16日第一小法廷判決)が掲載されていました。同判決には、櫻井龍子裁判官の補足意見として「今後いたずらに不起立と懲戒処分の繰り返しが行われていく事態が教育の現場の在り方として容認されるものではないことを強調しておかなければならない。教育の現場においてこのような紛争が繰り返される状態を一日も早く解消し、これまでにも増して自由で闊達な教育が実施されていくことが切に望まれるところであり、全ての関係者によってそのための具体的な方策と努力が真摯かつ速やかに尽くされていく必要があるものというべきである」との記載がありましたが、正にその通りであると思います。

日本経済新聞(平成24年2月10日夕刊)を読んで

社会面によれば、暴力団組事務所が入居する福岡市西区の分譲マンションの管理組合が部屋の所有者の組長を相手取り、区分所有法に基づく部屋の競売の申立や使用禁止を求めた訴訟で、福岡地裁は競売を認める判決を言い渡したそうです。
暴力団の排除は国民の利益につながります。
このような手続をどしどし進めてもらいたいと思います。

日本経済新聞(平成24年2月10日朝刊)を読んで

社説によると、東日本震災の復興事業の司令塔になる復興庁が、本日(2月10日)、ようやく発足するそうです。復興庁はトップの首相のもとに復興大臣と2人の副大臣を置くそうです。復興庁は各省庁の施策を総合調整し、国の一元的な窓口として復興特区の認定や交付金の配分などを担うそうです。
東日本震災から明日(2月11日)で11か月です。
原発事故も重なり、復興に向けて困難な課題が山積しています。
復興庁の下復興に向けて効率的な予算の執行手続きをしてもらいたいと願うばかりです。
私も一弁護士としてできることはしていきたいと思う次第です。

日本経済新聞(平成24年2月9日夕刊)を読んで

社会面には、「ウイルス料金請求画面消えず」「被害者10か月で110万人」の見出しの下、以下の記事が掲載されていました。
「アダルト動画サイトの画面をクリックさせ、パソコンをウイルス感染させたとして、京都府警が会社役員らを逮捕したウイルス供用事件があり、府警は9日までに、ウイルスに感染し料金請求画面が消えなくなった被害者が、約10か月で延べ110万人に上ることを明らかにした。関連口座には約6億円が振り込まれていたという」
この会社役員の行為は断じて許されるものではありません。
警察(検察)にはきちんと捜査をしてもらい、被害者のもとにできるだけ被害金が戻るように願うばかりです。
もしこのような被害にあったら絶対にお金を振り込まずに弁護士や警察官に相談して下さい。
とつくづく思いました。

弁護士会長選挙

本日(2月10日)、埼玉弁護士会長と日本弁護士連合会の会長選挙の投票日です。
埼玉弁護士会長の選挙は1年に1回、日本弁護士連合会の会長選挙は2年に1回実施されます。
私は、先ほど、有権者として、埼玉弁護士会館で投票してきました。
誰が会長になっても弁護士会行政は変わらないのではないかと思いつつ、棄権はせず、投票しました。
誰が会長になるかちょっと興味もあります。
どうなるのでしょうか??

三ケ月章著「一法学徒の歩み」を読んで

印象に残った言葉です。
「東大法学部緑会雑誌復刻」2号(昭和33年)から。
かんじんの法律学というものが、実は速成のきかぬ思考方法の改造という面をもっているのである。年限が少なければいきおいダットサン式教科書を利用して安直につめこむことにならざるをえないことは明らかであるが、しかしそれでは何か大切なものが落ちてしまう。じっくり時間をかけて反芻し、疑問をもち、討論し、納得するというプロセスが、法律の学習にはどうしても必要なのである。

私自身を振り返ってみると、約2か月間、予備校の論文対策講座を聴き、予想答練を受け、暗記に努めるという安直な方法で論文式試験に合格してしまったので、きちんとした法律の学習をしてこなかったと言わざるを得ません。
「一法学徒の歩み」などの本を読んで、法律の世界の深淵部を垣間見ることができて、私自身の知的好奇心を刺激してやみません。
十分な知識を身につけ、熟考し、智恵を身につけることを今後の課題にしたいと思います。

三ケ月章著「一法学徒の歩み」を読んで

印象に残った言葉です。
「ジュリスト」235号(昭和36年)から。
一体何故、外国では司法試験の受験回数を制限するのが一般なのだろうか。そのものズバリと憶測すれば、公平な試験を三回やってみても駄目な者は法律家になることは遠慮して頂いた方が、法曹社会のためにも世の中のためにもいい、ということなのではあるまいか。

現在、日本においても司法試験の受験回数は3回に制限されるようになりました。
3回不合格の場合、もう受験ができないというのは良いのかどうか悩ましい問題であると思います。
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