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組長とゴルフ場で一緒にプレーは駄目

日本経済新聞(平成24年3月30日)の社会面には、「山口組弘道会ナンバー2の暴力団組長竹内照明(52歳)の身分を隠してゴルフ場で一緒にプレーしたとして詐欺罪に問われた被告人に対し、名古屋地裁(神原浩裁判官)は29日、懲役2年6月、執行猶予4年を言い渡した。神原裁判官は『竹内との交際の一環で竹内に便宜を図るために行った』『暴力団が出入りすることで一般客が敬遠し、経営の根幹にかかわる可能性があり、ゴルフ場が被った損害は大きい』と指摘」との記載がありました。
正に神原裁判官の言うとおりであると思います。
日本からの暴力団の排除ができるといいですね。
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東京電力の企業姿勢は・・・??

日本経済新聞(平成24年3月30日朝刊)の「春秋」には、「なりふりなど構っていられない。そんな印象を受ける。東京電力のことだ。企業に対しては電気料金引き上げを打ち出し、応じないなら電気を止めると示唆した。政府には1兆円もの資本注入と、約8500億円の追加支援を申請した。・・・」との記載がありました。
この春秋の内容には大いに賛成です。

松下幸之助著「続・道をひらく」

印象に残った言葉です。
「成功の連続」より。
何ごとにおいても、三べんつづけて成功したら、それはまことに危険である。つづけて三度も調子よくいったなら、どうしても自己を過信する。自分は大したものだと思うようになる。そして世間を甘く見る。そこから、取返しのつかない過失を生み出してしまうのである。自分で自分を省みて、やり方によってはもっとよい成果があがったはずだったと考えたら、それはやはり一つの失敗である。こうして、三度に一度は失敗するが、そこから新たな自己反省を得て二度は成功する。それがくりかえされて、次第次第に向上する。それが本当の成功の連続というものではなかろうか。

松下幸之助著「続・道をひらく」

印象に残った言葉です。
「まず奉仕せよ」より。
与えられることのみをねがい、得ることのみに汲々として、奉仕を忘れ、投資を怠るならば、しょせんは争いが起こるだけである。まずは奉仕せよ、サービスをせよ、身心をこめての投資をまずはかれ。お互いに与え合ってゆくなかに、共存共栄が生まれ、人としての成功も生まれてくる。

松下幸之助著「続・道をひらく」

印象に残った言葉です。
「押しやる」より。
人間の道は排除の道ではない。お互いにタライのなかに相集うて暮らしているのである。押しやっても押しやれるものではない。だからいたずらにもがきあがくよりも、寄りそうもよし、寄りそわざるもよし、これも何かの縁と心を定めて、あるがままを承認し、あるがままに受け入れるほかない。そこにおのずから調和が生まれ、自他共に生きる道が、ムリなくひらけてくるのであろう。

松下幸之助著「続・道をひらく」

印象に残った言葉です。
「もがく」より。
お互いの日々において、何とまあもがいていることの多いことか。自分ではもがいているつもりはないのだが、あっちに引っかかり、こっちに引っかかり、あれがからみ、これがからみ、結局はますます身動きができなくなってしまう。やっぱり、もがいてはいけないのである。そして、もがいていることを自覚しなければならないのである。そのために、もうすこし冷静な第三者の意見に、素直に耳を傾けたい。衆知を集めることの大事さが、こんなところにもあるのである。

松下幸之助著「続・道をひらく」

印象に残った言葉です。
「事あるたびに」から。
いろいろのことがあって、よくないと思うこともいろいろあるけれど、一見よくないと思うことも、それはいつか必ずよき事にむすびつき、時至れば一転して発展への道にむすびついていくのだという思いに立つことは、これはお互いにとってそれほどの難行ではなかろう。すなわち、事あるたびにすべてがよくなるという思いを、素直に何度もかみしめて、たゆまぬ歩みを続けることである。

松下幸之助著「続・道をひらく」

印象に残った言葉です。
「仕事の人気」から。
現在の自分の仕事が、人びとにどんな影響を与え、また社会にどのように受け入れられているか、これを知らずしては、誰も次の仕事に進めない。それがどんな些細な仕事であっても、こうした日々の反省が、次の工夫を生み出し、進歩を促す。もちろん不必要にこれに捉われ、つまらぬ頭の痛め方をすることはないけれど、いわゆる自分の仕事の人気ということについては、お互いに無関心であってよいはずがないのである。

今井むつみ著「ことばと思考」(岩波新書)を読み始めて

去年の年末から読み始めていた司馬遼太郎著「坂の上の雲」(全8巻)を読み終えて、気分転換にタイトルの本を読み始めることにしました。この本は、序章によれば、「「異なる言語の話者は、世界を異なる仕方で見ているか」というこれまでの問いを実験によるデータに基づき、科学の視点から考え直すものである。同時に、ことばの学習が子どもの知識や思考の仕方をどのように変えるのか、ことばの存在あるいはことばの使い方が私たち大人のモノの知覚の仕方、記憶、推論や意思決定にどのような影響を与えるかという発達心理学、認知心理学、脳科学の観点を織り交ぜて、人にとって言語はどのような存在なのか、という問題に対して新たな視点で迫る」というものだそうです。
今後この本を読み進めていく上で、印象に残った言葉があれば、このブログで紹介します。

松下幸之助著「続・道をひらく」

印象に残った言葉です。
「知恵は無限」から。
人間の知恵というものは、しぼればいくらでも出てくるものである。もうこれでおしまい、もうこれでお手上げ、などというものではない。なすべきことをなさねばならぬという強い決意の上に立って、正義感と勇気に燃えたならば、そこに思いもかけぬ知恵がわき出て、思いもかけぬ道がひらけてくるのである。もちろん、一人の人の知恵には、そこにおのずから限りがある。しかし、わからぬことは他人に聞くという謙虚さがあったならば、それらの他の知恵がわが知恵の上に限りなく加わって、やはり知恵は無限にひろがってゆくと言えよう。つまり、なすべきことをなすという勇気と、人の声に私心なく耳を傾けるという謙虚さがあったならば、知恵はこんこんとわき出てくるのである。わが知恵の乏しきを嘆く前に、お互いにこの勇気と謙虚さを、あわせ持っていたか、三省、四省してみたい。そして、もうこれでおしまいなどと、安易に言うのはやめにしたい。知恵は無限にわき、無限に集まるのである。

松下幸之助著「続・道をひらく」

印象に残った言葉です。
「心をひらく」より。
どんなに賢い人でも、一人の知恵には限りがある。どんなに熱心な人でも、一人の力には限度がある。だから、人と人とが相寄って働き、組織をつくって仕事をする。知恵を出し合い、力を寄せ合う。ところが人がふえ、組織が大きくなると、得てして個々の知恵と力とがスムーズに出しにくくなる。生かされにくくなる。知恵の集め方が下手なのか。力のあわせ方がまずいのか。それもあろうが、まず一人ひとりが、一人の知恵、一人の力に限りのあることを素直に認め、だからみんなの知恵と力とをぜひとも集めねばならぬのだという素直な強い思いにあふれているかどうかである。その個々の知恵と知恵、力と力とを強く結びつけるもの、それは結局はお互いの信頼である。信頼があれば心がひらく。心がひらけばさらに信頼が深まる。衆知の高まりと協力の姿もそこからおのずと生まれてくる。心をひらき合おう。人みなの知恵と力とを自由に伸び伸びと発揮できる信頼の場をつくろう。そこに繁栄への道がある。

松下幸之助著「続・道をひらく」

印象に残った言葉です。
「愚直の人」より。
あまりにも正直すぎて、おろかなほどにまでひたすらで、だから機転もきかないし融通もきかない。古来、祖師と言われるような人は、ほんとうは愚直の人であったのかも知れない。だから、世俗には恵まれなかったとしても、そのひたすらな真実は、今日に至るもなお多くの人の胸を打つのであろう。愚直またよし。この波らんの時にこそ、自分に真実な道を、正直にひらすらに、そして素直に歩んでみたい。

松下幸之助著「続・道をひらく」

印象に残った言葉です。
「浩然と歩む」より。
若いうちから老成ぶるな、という言葉がある。若いうちにあまり悟りめいた境地に立つと、その人間は伸びるどころか、かえって萎縮するということになる。自らの思考力も人生の経験も、まだ未熟なままに老成ぶり落ち着きを払ってしまうと、青い果実が熟せぬままに地に落ちるのと同じ姿になるというのである。

松下幸之助著「続・道をひらく」

印象に残った言葉です。
「無限の宝庫」より。
無用と思われていたカビのようなものでも、これを有効に使えば、貴重な働きをすることがわかってきた今日、この世の中はまさに無限の宝庫である。すべての物はもちろんのこと、マイナスでしかない人間など、本来この世にあろうはずがない。お互いに、もうすこし謙虚でありたい。もうすこし勇気を持ちたい。そして、もうすこし寛容の心を持って、すべての物が、すべての人が、時と処を得て、その本来の値打ちが活かされるようつとめたいものである。

松下幸之助著「続・道をひらく」

印象に残った言葉です。
「半鐘が鳴れば」より。
日ごろお世話になっているという深い感謝の気持ち、そして大事なお得意先のためにはいつでも立ち上がるという誠心誠意の奉仕の気持ち、これだけは、商売の上でも、また人と人とのまじわりの上でも、いつまでも失いたくないものである。

松下幸之助著「続・道をひらく」

印象に残った言葉です。
「徹底的に」から。
因があるから果があるので、不用意、不心得の因があれば、起こってはならないことも起こってくる。つまり、起こるべくして起こったわけで、よく考えてみれば何の不思議もない。だから、何事も起こってはならないことを起こしたくなければ、お互いの人間の、不用意、不心得を徹底的に反省しなければならない。ともすれば徹底を欠きがちな昨今、とくに不用意な人間の心のあり方そのものを、まずみずから徹底的に考え直してみたい。反省し直してみたい。自分のためにも社会のためにも。

司法改革の初心に立ち返れ??

日本経済新聞(平成24年3月25日朝刊)の社説には「司法改革の初心に立ち返れ」の表題の下、以下の記事が書かれていました。
「現状で約2千人の司法試験の年間合格者数について、日弁連が「当面1500人まで減らすべきだ」と提言した。増員のペースが速すぎ、弁護士の就職難や質の低下を招いていているという。だが、合格者増による競争原理を働かせることが、利用者本位の質の高い法務サービスの提供につながる。これに逆行する安易な削減はおかしい」
そのためには、
「法科大学院の再編を進め、教育体制の強化を図ること」
「弁護士が法務サービス需要の掘り起こしをすること」
を挙げている。
社説を読むかぎり、弁護士人口増加の弊害は弁護士が負うべきであるとも読める。
本当にそれで良いのであろうか。
初心が間違っていたとはいえないか・・・

東電の賠償増額求める

日本経済新聞(平成24年3月26日朝刊)の社会面によれば「東京電力福島第1原発事故で、全域が計画的避難区域になっている福島県飯舘村の長泥地区(71世帯約280人)の住民が25日、東電の損害賠償額の増額を求め、政府の原子力損害賠償紛争解決センターに和解の仲介を集団で申し立てることが決めた」そうです。
私は原子力損害賠償紛争解決センターの仲介委員を務めていますが、指針等に基づき、適正な解決に努めたいと思います。

松下幸之助著「道をひらく」

印象に残った言葉です。
「勤勉の徳」より。
身についた技とか習性とかは、これは生あるかぎり失われはしない。たよりになるのは、やはり自分の身についた技、身についた習性。だから、何か一つでもいいから、よき技、よき習性を身につけたいものであるが、なかでもいわゆる勤勉の習性は、何にもまして尊いものに思われる。勤勉は喜びを生み、信用を生み、そして富を生む。人間のいわば一つの大事な徳である。徳であるかぎり、これを積むには不断の努力がいる。勤勉の習性を身につけるためには、まず日々を勤勉につとめる努力がいるのである。その努力が重なって勤勉の習性が身につき、その習性からはじめて徳が生まれてくる。おたがいに勤勉の徳を積みたいものである。

松下幸之助著「道をひらく」

印象に残った言葉です。
「己を知る」より。
まず、己を知るということである。敵を知ることもむつかしいけれども、己を知るということは、もっとむつかしい。しかし、敵を知らなければ、勝負は定まらないとしても、己を知らなかったら、戦いには必ず敗れる。連戦連敗、その敗因はわが身にありである。

W・H・マクニール著「世界史(上・下)」

日本経済新聞(平成24年3月21日夕刊)の「エンジョイ読書」欄で、この本が紹介されていました。
この本は「教科書のように歴史上の人物の事績を時系列に沿って紹介してるのではなく、世界の文明が大きくどう変化していったかを著者の歴史観に基づいて記述している」ものであるそうです。
歴史は繰り返されると言います。
この本を読んでみたいと思いました。

会津小鉄会に墓参自粛要請

日本経済新聞(平成24年3月21日夕刊)によれば、「京都市に本部を置く指定暴力団会津小鉄会の初代から3代目会長の墓地がある西雲院(京都市左京区)が、集団での墓参りを自粛するよう要請していた」そうです。
社会からの暴力団排除につながれば良いですね。

松下幸之助著「道をひらく」

印象に残った言葉です。
「こわさを知る」より。
こわいものがあるということは、ありがたいことである。これがあればこそ、かろうじて自分の身も保てるのである。せめて何かこわいものによって、これを恐れ、これにしかられながら、自分で自分を律することを心がけたい。こわいもの知らずことほど危険なことはない。時には、なければよいと思うようなこわいものにも、見方によっては、やはり一利があり一得があるのである。

松下幸之助著「道をひらく」

印象に残った言葉です。
「自分の仕事」から。
どんな仕事でも、それが世の中に必要なればこそ成り立つので、世の中の人びとが求めているのでなければ、その仕事は成り立つものではない。仕事が伸びるか伸びないかは、世の中がきめてくれる。世の中の求めのままに、自然に自分の仕事を伸ばしてゆけばよい。大切なことは、世の中にやらせてもらっているこの仕事を、誠実に謙虚に、そして熱心にやることである。世の中の求めに、精いっぱいこたえることである。

松下幸之助著「道をひらく」

印象に残った言葉です。
「心配またよし」より。
憂事に直面しても、これを恐れてはならない。しりごみしてはならない。心配またよしである。心配や憂いは新しくものを考え出す一つの転機ではないか、そう思い直して、正々堂々とこれと取り組む。力をしぼる。知恵をしぼる。するとそころから必ず、思いもかけぬ新しいものが生み出されてくるのである。新しい道がひらけてくるのである。まことに不思議なことだが、この不思議さがあればこそ、人の世の味わいは限りもなく深いといえよう。

松下幸之助著「道をひらく」

印象に残った言葉です。
「思い悩む」より。
わからなければ、人に聞くことである。己のカラにどじこもらないで、素直に謙虚に人の教えに耳を傾けることである。それがどんな意見であっても、求める心が切ならば、そのなかから、おのずから得るものがあるはずである。おたがいに、思い悩み、迷い憂えることを恥じるよりも、いつまでも己のカラにとじこもって、人の教えを乞わないことを恥じたいと思うのである。

松下幸之助著「道をひらく」

印象に残った言葉です。
「根気よく」から。
どんなによいことでも、一挙に事が成るということはまずあり得ない。また一挙に事を決するということを行えば、必ずどこかにムリを生じてくる。すべて事は、一歩一歩成就するということが望ましいのである。だから、それがよいことであればあるほど、そしてそれが正しいと思えば思うほど、まず何よりも辛抱強く、根気よく事をつづけてゆく心がまえが必要であろう。

松下幸之助著「道をひらく」

印象に残った言葉です。
「カンを働かす」から。
カンというと、一般的には何となく非科学的で、あいまいなもののように思われるけれども、修練に修練をつみ重ねたところから生まれるカンというものは、科学でも及ばぬほどの正確性、適格性を持っているのである。そこに人間の修練の尊さがある。要は修練である。練磨である。カンを働かすことを、もっと大事にして、さらに修練をつみ重ねたい。

松下幸之助著「道をひらく」

印象に残った言葉です。
「命を下す」から。
たとえ命令がなくとも、以心伝心、命ずる人の意を汲んで、それぞれの人が適時適確にすすんで事を運んでゆく-こういう柔軟な姿のなかにこそ、かぎりない発展性が生まれてくる。そのためには、命を下す前に、まず人のいうことに耳をかたむけることである。まず聞くことである。聞いた上で問うことである。そして、そこにわが思いとことなるところがあれば、その気づかざる点を気づかしめ、思い至らざる点の理非を説く。そうした納得のうえに立って、断固、命を下さなければならない。命を受ける人に納得があるということは、その人の知恵がそれだけ高まったということである。

松下幸之助著「道をひらく」

印象に残った言葉です。
「辛抱する心」から。
おたがいに辛抱ということが大事なのである。寛容の精神が大事なのである。いい人もいるけれども、よくないと思う人もなかなかなくならない。それが世の中というものであるならば、辛抱と寛容の心がなかったら、いらずらに心が暗くなるばかりで、この世の住みにくさを嘆くだけであろう。人と人とが相寄って、毎日の暮らしを営み、毎日の働きをすすめているのである。いい人ばかりではない。いろんな人がいる。だからおたがいに、いますこし辛抱と寛容の心を養いたいものである。
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